私が小学生の頃…となると今から50年前で小学校1年生…
随分昔だが、半世紀前は日本全体が貧困だったような気がする。
私が育った九州の炭鉱も例外ではなく、
クラスメートがお婆ちゃんと一緒にリヤカーを引きながら、
揚げたてのコロッケを売っていたり、仲間と空き家から真鍮製の蛇口を取り出して
売ったり、線路沿いに転がる鉄鉱石を拾って売ったり…何でもお金に変わったなあ。
当時、それぞれの家に内風呂はなく、炭住(炭鉱住宅)の共同浴場はチケット制で、
遅い時間に入ると湯は真っ黒になっていたっけ。
こんな日常が繰り返され、それが普通で貧困とも思わなかったが、
振り返ってみれば貧困そのものだ。
あれから半世紀が経って“子供の貧困”が話題になっている。
日本は裕福になったと思っていたら、親の経済格差がストレートに子供に反映する。
当たり前のことだけど、50年も経てば世界は変わるのだ。
紙面に踊るデータを見ると、現在、日本人の7人に1人が貧困状態らしい。
7人に1人が、50年前と同じ状態だというのだろう。
政府には「子供の貧困対策会議」が設置された。
貧困は、衣・食・住に現れるから「子供食堂」の話題にも事欠かない。
確かに食べることは大切だ。
(我々の時代にそんなものが有ったら大変だ)
しかし本当に怖いのは、教育の不足だろう。
教育は、生死に直結しないから優先順位は低いかもしれないが、
充分な教育が受けられないのは、日本としても痛いはず。
将来の担い手だからね。
私が小学生だった頃とは全く違う時代になった。