2017年、私の周りの有り得ない話(井手)

今年の有り得ない話を書きます。

 

お隣のお子さんが日本脳炎の予防接種を受けたときのこと。

注射が終わり、お子さんの目には涙が痛いのを我慢していたのでしょう。

そして会計を待っている時に名前を呼ばれた。

「〇〇様、もう一度診察室へ」

へっ、何事かと入ってみると、看護師が平謝りで

「先ほどの注射はただの水でした、ごめんなさい薬を入れ忘れました」

はあ! ビックリである。

そんなことが現実にあるのか?

可哀想なのは子供。

もう一度、日本脳炎の予防接種を受けた泣くに泣けないね。

益々注射嫌いになるだろうな。

 

 

 

私は、コンタクトレンズを愛用して40年。

最初はハードレンズからソフト、そしてワンデーシリーズが登場してからは

こんな便利なものはないと、今まで「1デー〇〇」シリーズを使い続けている。

それなりに年季が入っているのだ。

40年使い続けて、一度たりともケースにレンズが入っていなくて、

空(つまり水だけ)だったことはない。

まあ、それが当たり前だけど

しかし、今年の夏の終わり頃からレンズをよく失くすようになった。

私が老いぼれて、レンズの蓋に付着しているのを見つけられないとか、

いつの間にか落としてしまっているとか、多分そうなのだろうなと不安になり、

出張の際には余分にコンタクトレンズを持ち歩いていたものだ。

が、ある時「もしかしたらうん?」という思いになる。

そんなにレンズを失くすかなあ。

「元々、レンズが入ってない」なんてことがあるのだろうか。

取り敢えず電話で、いつも使う店舗に問い合わせてみた。

「そんなことは絶対にございません」

と、自信たっぷりに断言された。

それから、数週間経ったある日曜日の朝、一つのレンズを見失う。

更に続けて二つ目のレンズも失くした。

「おかしいぞ!」

確信した。

一昨日も左目だけレンズを失くしたが、今朝は2回連続失くした、いや入っていない。

しかも日曜で暇な時間があるから、徹底的に水回りを探した挙句に出てこない。

直ぐに、件の店舗に電話して、

「今から一箱持参しますから全部開けて調べてくれ!」

私としても賭けだった。

もしかしたら、今明けたケースが最後の空のバージョンだったかもしれないのだ。

 

店舗内はどこか緊張して待っていた。

視線を感じる。

 

目の前の責任者とケースを開けていく。

1つ出た時、店内から意外な驚きが上がり、私はホッとした。

程なくして2つ目も

10個だけのケースを開けて2個空が出た。

もう十分だった。

 

勿論、今までの分も保証してもらう。

厭になるほど平身低頭されて店を出た。

勝負に勝った気分だった。

 

しかし、メーカーでもこんなことがあるんだね。

 

ある地方のホテルに連泊していた時の話。

その日は午後4時頃ホテルに戻った。

部屋の掃除も終わっている時間だった。

そもそもチェックインは3時からだから。

鍵を受け取り4階の自分の部屋へ向かう。

鍵を開けようとすると、中から「ガチャガチャ」と音がする。

「ん?誰かいる」

その時、ドアがバッーンと開いて、掃除のおばさんが出てきた。

唖然とする私に「スイマセン、トイレ~~▲Б□Д…」と

か細い声で早口に言うものだから何といったか聞こえない。

そのまま走って逃げて行った。

 

流石に心配になり、部屋から何か無くなっていないか確認した。

恐らく大丈夫とその時は思った。

 

この件と、その後に待ち構えているカード情報紛失事件が、

関係があるのかどうかもわからない。

が、これからは必ずホテルのフロントに起こった事実を告げようと思う。

私が余計なことを言ったために、

掃除のおばさんが首になるのは可哀想と思い、黙っていたからね。

まあ、これも驚きの事件ではある。

 

<オマケ>

今年は1年間、呑みながらも意識して昭和の話で盛り上がった。

例えば幼い頃、何にでも赤チンを塗った。

赤チン最強説だ、

また、野原に咲いているヨモギの葉は、小学生にとってほぼ万能薬だった。

また歯が痛い時、黒い正露丸も使ったけど、何より思い出深いのは「今治水」。

シーシー息をする感覚と匂いが懐かしい。

そして意外なことに、今でも販売されているのだ。

(赤チンはアウトだけれど)

 

 

 

 昭和感を楽しむ歳を取ったということです。

 

では。