2005年、記憶に残ったエッセイ3作品 その1(井手)

 

2005年のエッセイから記憶に残ったものを、

 

今日から3日連続で3作品を振り返ろうと思います。

 

 

 

最初は私のエッセイではないのですが、女性スタッフが書いたものです。

 

私も父を早くに亡くしていますが、彼女も高校生の時だったようです。

 

1年は365日の繰り返しですが、日付に関して不思議な縁が感じられた作品でした。

 

では、第1話。

 

 

 

【2月2日は、私にとって激動の日であります】

 

 

今から24年前の今日、父が亡くなりました。

 

癌の宣告を受け、たったの半年・・・

 

すべてを受け入れ、弱音ひとつ吐かず、

 

厳格な父らしい最期でした。

 

 

死の宣告を受けてからの半年間は、本当に辛かった。

 

死の瞬間、

 

「父は、これで苦しみから解放されるんだ・・・そして家族も」

 

悲しみや寂しさよりも、ホッとした気持ちの方が強かったかもしれない。

 

そんな感情を最後に・・・私の心は、暫く封鎖された。

 

 

慌ただしく通夜・葬儀の準備が進む中、

 

高校の制服姿で、ひたすら漫画に没頭する私の姿は、

 

世間にはどう映っただろうか?

 

(漫画じゃなくて小説だったら、もう少しまともに見えたかな。)

 

今でこそ、そんな事を考えてはみるものの・・・

 

漫画は、人から話しかけられるのを拒むことができ好都合だった。

 

そして、現実から逃避することもでき、

 

悲しみから自分を防御することも出来た。

 

高校生にもなって、なんて弱い、なんて非常識な態度を・・・と思うが、

 

私の精一杯の身の振り方だったような気がしている。

 

 

みぞれが舞う寒い日でした。

 

今日は、父の命日です。

 

 

そして、今から13年前の今日、娘が誕生しました。

 

10ヶ月も私のお腹に宿してきた子供にようやく会えた。

 

どんな子だろう・・生まれた瞬間、わが子を冷静に見つめていた。

 

 

私は、母性本能というものをあまり持ち合わせていないタイプだと思うが、

 

さすがに可愛かった。

 

しかし、男親の娘に対する感情は、やはり特別のものがあるようだ。

 

主人の可愛がりようは、尋常ではなかった。

 

(出産の時に病院にすら居なかったくせにっ!)

 

 

私は、この日から母になった。

 

健康で、優しい心を持ち続けられる人になって欲しいと願う気持ちは、

 

今も変わらない。

 

 

大雪の次の日・・・晴天でした。

 

今日は、娘の誕生日です。

 

 

<ついでに>

 

昨年の2月2日は、娘の中学受験の発表日でした。

 

にわか受験生ではあったが、それでも

 

「落ちることは出来ない」と小さな心を相当痛めたらしい。

 

誕生日に「第一志望・合格!」

 

喜びもひとしおだったことでしょう。

 

受験させた事が良かったかは分からないが、

 

精神的に強くなり、頑張った娘に心から拍手を贈った。

 

もちろん私だって最高に嬉しかった。

 

 

・・・という訳で、2月2日は、毎年忙しい。

 

今では娘の誕生日がメインになってしまって、

 

父には少し悪いが、仏壇には毎年、

 

バースディーケーキが供えられるのが恒例になっている。

 

そして、数少ない料理のレパートリーの中から、私が腕を振るう。

 

今日は、忙しい!!

 

 

以上。

 

 

 

誰にとっても個人的に大切な日はあるでしょう。

 

彼女にとっての特別な日は22日。

 

 

愛する人を亡くした方々の心の在り様は実に様々です。

 

特に多感な時期の中高生は、なかなか素直になれない年頃で、

 

例えばご納棺の際にいくら声を掛けても部屋に入ってくれなかったり…

 

心の内を推し量ると、あまりしつこく声を掛けても…とも思うし、

 

故人の体に触れることが可能なのは、これで最後かと思うと、

 

後で後悔しないかなあ…等と考えてしまって…何が正解なのかは分かりません。

 

本当に難しい。

 

それにしても、父親の祥月命日に出産するというのは…偶然なのか運命なのか。

 

1年で一番忙しい日。

 

では。